開催レポート「街並み修景フォーラム-生きた街並みから育む盛岡アイデンティティ@大慈寺地区-」2026.2.8
- 15 時間前
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2026年2月8日(日)岩手県盛岡市鉈屋町の「もりおか町家物語館」浜藤ホールにて開催しました
「街並み修景フォーラム-生きた街並みから育む盛岡アイデンティティ@大慈寺地区-」の開催レポートをお届けします。
本フォーラムは、大慈寺・鉈屋町界隈の歴史的街並みを活かした取り組みを共有し、これからの盛岡ブランドとしての保存活用の価値と可能性を皆さんと共に考えるために開催いたしました。
参加者は地区内外から、定員50名のところ約80名が集いました。
■ 前半は当法人と盛岡市による大慈寺地区景観地区重点保存地区を対象とした、住民等と行政の協働の歴史まちづくりの取組の紹介。そして、大慈寺地区での市民と事業者の建物改修活用事例紹介を行いました。後半は来場者参加型のオープンクロストークを行いました。
「盛岡まち並み塾」と盛岡市の協働によるまちづくりのあゆみ

【主催者挨拶】20年前の決断を、次代の誇りへつなぐ。
――特定非営利活動法人盛岡まち並み塾 理事長 海野 伸
■ 「4車線道路」ではなく「街並み」を選んだ原点
大慈寺地区は江戸時代、北上川舟運の起点として、また城下の玄関口として栄えた歴史ある地域です。しかし20数年前、都市計画道路の整備により、この街並みが失われようとした時期がありました。
「昔ながらの景色や暮らしを、後世に残すべきではないか」
その想いで地元の住人たちが立ち上がり、盛岡市との協働が始まりました。その結果、道路計画は見直され、景観地区としてのルールを自分たちで作り、この街を守り抜く道を選んだのです。これが「盛岡まち並み塾」の原点です。
■ アンケートから見えた、住民の「本音」と「誇り」
活動から20年が経過し、街には新しい住民やお店も増え、環境が変化しています。そこで2025年夏、住民の方々へ意識調査を行いました。(大慈寺地区景観地区重点保存地区の内469世帯、回収数138世帯、回収率29.4%) 主な内容として
•9割が「この街が好き」: “歴史的資源が豊富”、“盛岡のまちにとって大切な場所”、“人の良さ”等が誇りとして根付いています。
•不便さと表裏一体の景観: 建築制限や維持費への負担を感じつつも、8割が景観を守るべきだと考えています。
「地域に雰囲気の違う建物を見た時に違和感を感じるというのは、今の景観が染みついていて良いと思っているからと思う」という意見が印象的だった。
•期待されるのは「つながり」: 建物の保存だけでなく、地域の活性化や、みんなで仲良く暮らせるコミュニティへの期待が非常に高いことがわかりました。
■ 「保存」の先にある、未来へのバトン
現在、町家改修の目標(50軒)に対しては約半分まで到達しました。しかし、高齢化や後継者問題など、課題は依然として残っています。
先人たちが守り、引き継いできたこの街の誇りを、どうすれば次代を担う若者や移住者たちに手渡していけるのか。今日は事例紹介やクロストークを通じ、皆さんとその「未来のカタチ」を模索していきたいと思います。
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【活動報告】当たり前の日常を「宝物」に変える。地域と「盛岡まち並み塾」の歩み
大慈寺・鉈屋町地区には、江戸時代の舟運や街道の歴史を物語る町家、今も現役の共同井戸、そして先人ゆかりの寺院群など、豊富な資源が息づいています。しかし、この街の真の価値は、それらを**「自分たちの手で守り、使い続けている暮らし」**そのものにあります。
■ 街づくりの原点:道路計画から「価値の再発見」へ
かつて、この街を貫く4車線道路の計画が持ち上がりました。それをきっかけに、「当たり前にあるこの風景を失っていいのか」という問いが生まれ、住民と建築家・渡辺敏男氏らが共に立ち上がりました。 道路計画をただ拒むのではなく、その出来事をきっかけに、改めて地域の資源と価値を学び、発信しする。その粘り強い活動が行政を動かし、道路計画の見直しと「歴史的街並みの保存」へとまちづくりの方向転換が行われました。
■ 暮らしを彩る「ソフト」の継承
建物というハードだけでなく、そこで営まれる人々の暮しと文化を次代へ繋ぐことが私たちのミッションです。
•季節の歳時記を通して普遍性や暮らしの知恵を継承する: 家々の雛人形と町家の暮らしを公開する「旧暦の雛祭り」や、お盆の先祖供養行事「お盆の迎え火と伝統さんさの門付け」。
•美しい景観を育む: 町家の軒先に住民や小学生が苗を育てる「あさ顔プロジェクト」。
•活動拠点町家「大慈清水御休み処」の開設: 空き家だった町家を再生した「大慈清水御休み処」を拠点に地域に常駐し、地域内外の人が交差する「通訳」のような役割を担っています。地域の小学校等の総合学習や、地域に集う活動団体の支援、他都市の視察や教育機関の視察協力も行う場となっています。地域のパンフレットを常備し、地区の案内所、町家体験施設となっています。
■ 若い世代へ繋がる「連鎖」の仕組み
盛岡まち並み塾と住民によるイベント「盛岡町家旧暦の雛祭り」、「全国町並みゼミ盛岡大会」開催ボランティアなどを通じて、学生や若い社会人による「もりおかワカものプロジェクト」が地域に集うコミュニティとして活動をしています。
•多世代参加型のまちづくり/景観が多世代・多属性をつなぐ: 町家の床塗り、障子貼り、ベンチ作りワークショップなど、実際に手を動かすことで街への愛着とまちづくり意識を育んでいます。
•SNSと物語の融合: 小説『雲を紡ぐ』をテーマにした情報発信など、現代の感覚で街の魅力を再編集しています。
•新たな主体とつながりを育む:地区の移住者や事業者等比較的若い世代が、地域の歴史資源を守り伝える先輩方からまちの魅力と発信について学ぶ「まち探訪&交流会」を開催し、新たな主体がまちづくりに参画する意識醸成に取組んでいます。
■ 結び:街並みが育む「好循環」の未来
歴史的な街並みに惹かれて若い世代が集まり、そこで新しい賑わい(手作り市など)が生まれる。
その活気を見た地域の方々が、改めて地域の可能性や自身が暮らす盛岡町家の可能性を感じて改修を決意する。
その姿に惹かれ、また新しい移住者や事業者がやってくる——。
この「街への誇りが、多世代・多属性の新たな挑戦を呼ぶ連鎖」こそが、大慈寺地区が歩んできた20年の結晶です。
2020年にはその功績が認められ、国土交通大臣表彰(手づくり郷土賞)を受賞しました。
これからも、地域に常駐するパートナーとして、皆さんと共に「生きた街並み」を次代へつないでまいります。
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市民の熱意を「盛岡ブランド」へ。市が推進する歴史的まちづくり
――盛岡市街並み保存活用推進協議会事務局(盛岡市 交流推進部観光課) より
盛岡市は、大慈寺・鉈屋町地区を「次世代へ継承すべき盛岡ブランド」の核心と位置づけ、ハード・ソフト両面から保存活用を支援しています。
■ 都市計画の転換:道路から「街並み保存」へ
かつて鉈屋町には4車線の都市計画道路が敷かれる予定でした。しかし、住民や市民団体による「魅力再発見運動」を受け、市はこの歴史的街並みを保存・活用する方針へと大きく舵を切りました。 2008年度には「街並み保存活用基本計画」を策定し、修景助成事業を開始。2018年度には、岩手県内で初めて国から認定を受けた「歴史的風致維持向上計画」において、当地区を最重要の重点区域として位置づけました。
■ 具体的な支援:街並み整備事業補助金
町家の保存・修理を促進するため、市では「盛岡市街並み整備事業補助金」を設けています。
•対象: 道路などの公共スペースから見える建物の外観修理・修景工事。
•補助額: 対象経費の1/2以内(上限額は建物の種類や公開状況により100万〜300万円)。
•活用のポイント: 予算措置のため、着工する前年度の7月までに事前相談が必要です。窓口は「都南分庁舎 景観政策課」ですが、前段階の相談は「大慈清水御休み処(盛岡まち並み塾)」でも随時受け付けています。
■ 盛岡が守るべき「4つの歴史的風致」
国の認定を受けた計画では、盛岡らしいまちづくりを推進するため、以下の4つを柱としています。
1.盛岡さんさ踊り(伝統の継承)
2.盛岡八幡宮の祭礼(チャグチャグ馬コ、山車)
3.水と関わる暮らし(大慈清水などの共同井戸、舟っこ流し)
4.伝統産業(南部鉄器、わんこそば等)
■ 結び:大慈寺地区は「盛岡のモデル」
10代以上前から住民と行政が手を携え、ハード(建造物)とソフト(活動)の両輪で取り組んできた大慈寺地区は、今や盛岡市全体の歴史的まちづくりの「先駆的なモデル地区」です。
市としても、引き続き地域の皆さんと対話を重ねながら、この唯一無二の魅力を未来へつないでまいります。
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続いて、3つの視点からなる、市民と事業者による建物改修活用の事例紹介を通じた、盛岡と大慈寺地区のまちの魅力と可能性についてのお話しです。
【1つ目の視点】
「ととと-盛岡の泊まれるたまり場」/ゲストハウス運営者 小野寺 拓二 氏
旧和田酒店の蔵を改修活用したゲストハウス運営者として、移住者の視点および地区に来訪者を迎える立場から見る地域の魅力と、外からの人々がこの街に感動する理由。
【2つ目の視点】
「有限会社杢創舎」/代表取締役 澤口 泰敏 氏 (設計部長 佐々木 大輝 氏も登壇)
工務店代表(建築士)/技術と対話「古い建物をどう読み解き、残したか」
修景の裏側にある技術的苦労とやりがい、暮らしの記憶を現代の性能に翻訳する意義。
【3つ目の視点】
「株式会社 三田農林」/代表取締役社長 三田林太郎 氏
老舗企業の事業者(オーナー)/決意と投資 「なぜ今、大慈寺地区なのか」
老舗企業としての地域の歴史を資産として捉え、投資する価値があるという盛岡ブランドへの確信。

①【ゲストメッセージ:「ととと-盛岡の泊まれるたまり場―」運営者の 小野寺 拓二 氏】
「世界と地域が交差する『たまり場』へ。移住者として&来訪者を迎える視点から見るまちの日常の魅力」
九州のゲストハウス勤務を経て独立のため、2016年から3年がかりで物件を探し歩き、SNSやプレゼンを通じて「盛岡にゲストハウスを」と発信し続けてきました。その想いが地域のネットワークを通じて三田農林さんへと繋がり、2019年、大慈寺地区の蔵を活用した宿が誕生しました。
•「不便さ」が「贅沢」に変わる場所
駅から少し離れたこの界隈には、中心市街地とは異なる穏やかな空気が流れています。神子田朝市や周辺の商店街へ歩いて行ける立地、そして「青龍水」の井戸掃除に参加し、その水でゲストに茶を振る舞う日常。宿泊客は、この街ならではの「暮らしのかおり」に深く感動しています。
•盛岡を起点に、東北を旅する拠点として
宿泊客は全都道府県、さらには、フランス、オーストラリア、アメリカ、イギリス、台湾などを中心に世界各地から訪れます。ここに3~4泊しながら、バスや自転車で宮古浄土ヶ浜や岩泉の龍仙洞へと足を伸ばすかたもいます。
•「外の人」と「地元」を結ぶ仲介役
ゲストハウス「ととと」の役割は、旅人と地域の人々を繋ぐ「仲介役」だと考えています。宿の入り口(リビング)は、宿泊者でなくても誰でも立ち寄れる「たまり場」です。世界中から来た旅人と触れ合いたい、外の視点を知りたい。そんな好奇心を持った地元の皆さんにこそ、ぜひ気軽に立ち寄っていただきたい。
•「もっと地域の皆さんと面白いことがしたい」
6年半の歩みの中で再発見したこの街の魅力を、これからも「人」の交流を通じて、さまざまなものを繋いでいきた。
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②【ゲストメッセージ:有限会社 澤口製材建設 澤口 氏・佐々木 氏】
「100年前の技を、100年後の未来へ。森と大工が繋ぐ『生きた歴史』」
盛岡城は姿を消しましたが、鉈屋町には明治の町家が今も息づいています。しかし、建物は手をかけなければ失われてしまいます。100年前の先人から受け取った宝物を、さらに100年先の未来へ繋ぐこと。
現在・過去・未来といったが、過去は明治の時代で、令和の今、そして未来。年号が変わっても平和な時代に建物や技が残って「令和の人、よくこういうの残してくれたな」とっ思ってもらえれば良いなと思う。
•岩手の大工が誇る「手仕事」の凄み
プレカット(機械加工)が主流の現代において、私たちはあえて職人が手作業で木を刻むことにこだわっています。改修中に現れた10mを超える見事な木組みや、地下に残る舟運時代の石積み。それらは先人の知恵と岩手の大工技術の高さを示す貴重な現物史料「生きた資料」です。“お宝が出てきた”これは是非残したいと思いました。
設計士が鉛筆やコンピューターで書いた図面に対して、真っ直ぐな線のない古い建物を、大工が現場で木を刻みながら調整して建て込んでいく。板の材料や森林が継承され建物になっていくのと同じように、大工の技術も今できたものではなくてずっと昔から継承されてきたものなので、基本的には今の技術と変わらないため大工は理解できる。
プレカットに頼らない大工と一緒に仕事をしているので、建物改修で様々な問題に直面しても、職人さんの助けを得て実現できたと感じる。この継承された技こそが、機械には真似できないリノベーションを支えています。
•「100年の森」が「100年の建物」を支える
今回の改修では、三田農林が100年かけて育てた自社山の赤松を構造補強に使用しました。盛岡を水害から守ってきた山から、100年経った木を伐り出し、その持ち主の建物を直すために使う。これこそが最高の循環です。「100年育った木を使わせてもらうのだから、100年持つ建物を造らなければならない」という強い責任感を持って取り組んでいます。
•技術も人も、地域で循環させる
土壁の下地をあえて見せる形で残したのも、三田さんのご要望もあり先人の技術を後世に伝えるためです。私たちは建物を直すだけでなく、若い職人を育て、世の中に「恩返し」をしていきたいと考えています。そして、雨漏りや除雪など、地域の小さなお困りごとにも寄り添う(※例えば「街の主治医」のような)工務店でありたい。
「令和の人は、よくこの建物と技を残してくれた」
100年後の未来でそう言ってもらえるよう、岩手の豊かな山と大工の技を大切にしながら、街を維持し続けていきたいと願っています。
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③【ゲストメッセージ:三田林太郎 氏】
「効率や数字を超えた『面白さ』と『縁』が、街の唯一無二の価値を創る」
不動産デベロッパーとして、効率や採算性を追求する道もあります。しかし、私たちが古い建物を購入し、リノベーションに挑む決め手は、いつも社員たちの「大変そうだけど、面白そう!」という直感にあります。
•「つながり」という幸運
緻密なマーケットリサーチの結果ではなく、地域の方々や社員の知人など、人との出会いと「一緒にやってみよう」という熱意によって、今の活動は支えられています。この「縁」こそが私たちの財産です。
•世界が注目する「鉈屋町」のポテンシャル
インバウンドの勉強会に先日参加しました。最前線でも「鉈屋町」の名は頻繁に挙がっています。自分たちが思っている以上に、この街は世界から選ばれる大きなポテンシャルを秘めていることを再認識しています。
•「物語」を語り継ぐ責任
改修に際して、地域の方から譲り受けた「蔵の扉一枚」に宿る背景や想い。それらを、直接関わっていない社員にまで語り伝えていくことが大切だと考えています。
一つとして同じものがないからこそ、リノベーションは面白い。 これからも街の個性を磨き続けていきます。
歴史を「資産」として次代へ。125年の歩みとリノベーションの覚悟
今回のフォーラムでは、125年の歴史を持ち、農場・山林経営から「クロステラス盛岡」等の不動産事業まで多角的に展開する企業の視点から、歴史的街並み保存の「現実」と「可能性」が語られました。
■ 100軒の貸家から始まった、街への恩返し
創業者・三田義正の「岩手の人々を豊かにしたい」という志を受け継ぎ、かつて地域を支えた100軒の貸家(現在は40軒)を守り抜く中、複数の工務店さんの力量と見識もあがってきたことなどを背景に2010年にリノベーション事業を本格的に始動。長田町「HITONOKI」や「木伏アパート」など、街に新たな息吹を吹き込んできました。
市街化区域で特に人口減少が激しいエリアは上田、梨木、鉈屋町・大慈町であり、弊社が関わっているところばかりでした。2000年以降特に2010年代には盛岡の開発やまちづくりの重点は盛南地区でした。「杢創舎」さんがどんなに古い物件でもリノベーションしてくださるようになり、中心市街地に特化してリノベーション事業を行っていく姿勢が明確になりました。
■ 「効率」を超えた、大家としての決意
不動産経営の現実として、古い建物を維持するより、駐車場やコンビニにする方が遥かに高い収益を得られます。それでもあえて、莫大な補修費を投じ、数十年という長期のスパンで資金を回収する道を選ぶ。それは、「100年先も使われ続ける建物を遺し、街のアイデンティティを守る」という強い意志があるからです。
•事例:ゲストハウス「ととと」
蔵の構造補強を行い、宿泊施設へ。近隣飲食店を繋ぎ、宿泊客の滞在を延ばす運営者の想いと共に、地域に溶け込んでいます。小野寺さんは「ゲストハウスが生活の支え、誰かに会える場所を目指したい」と言ってくださった。
改修に当たり川原の石、他の貸家、岩泉の公衆浴場、会社の農場、閉店したカフェ、鉈屋町住人のご近所宅から床、扉(※)、ふすま、下足箱などをちょうだいした。本当にありがとうございました。
•次なる一歩:旧和田酒店 は取得から8年経過した2024年より本格始動。水害リスク対策を施し、鉈屋町初の「複合店舗」として、街に新たな商いの拠点を創出します。レストラン、オフィス、物販などに活用予定。建物の構造が複雑なため、弊社でできるだけ内装を作り、気に入ってもらったところに入居してもらいます。
■ 全国視察で見えた、盛岡・鉈屋町の「凄み」
佐賀、宮崎、島根、愛媛など全国の先進事例を視察する中で見えてきたのは、他地域の多くが「移住者中心の再生」であり、歴史の連続性が断たれているという現実でした。
対して、盛岡・鉈屋町は「何代も続く人々と、その商い・サービス」が今も現役で続いている。 ハード(建物)とソフト(人の営み)が一体となって連綿と続くこの「連続性」がある。こそが、ニューヨーク・タイムズ紙をはじめ、世界が評価した本質的な価値ではないか——。
■ もりおかのまちづくり未来への提言:情緒を抜きにした「経済」の検証を
DXや郊外の巨大物流拠点の整備が進む中、雇用や税収の維持という観点から、「旧市街地の小さなビジネスの集積」と「郊外の巨大産業」のどちらが真に持続可能なのか。 情緒やノスタルジーに留まらず、経済的な視点でもこの街の価値を検証し続けていく。内丸再整備の検討にも関わっていますが、本当に合意をとるのは難しいなと思っています。また、顔を突き合わせて議論するというのもすごく大変だと思っています。“新旧の共存”新しい建物や文化や歴史を感じるところを共存させようということをやっているんですが、鉈屋町ではすごくそれを先駆けて長年やってきたところで、鉈屋町・大慈寺町、大慈寺地区鉈屋町は本当にすごいと思っております。
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フォーラムの後半は、来場者参加型のオープン・クロストークを行いました。
「大慈寺地区の歴史的街並みが育む盛岡アイデンティティ」をテーマに、これからの“盛岡の魅力の価値”としての歴史的街並みの保存・活用の可能性を紐解き語り合い、
住民、職人、教育者、行政、商業者といった多様な立場の方々により、この街を愛し、守り、活しつなげようとする「生きた声」が響き合いました。

1. 【守る技、継ぐ人】建築と防災の視点
•「杢創舎」澤口氏:鉈屋町の町家は、未来への「教科書」である。町並みそのものに関してはもうお手本があるので、それをまなっばせてもらうということです。格子の作り方とかは誠意再で細い部分もありますし、野太い部分もあります。木が街並みを作り上げているというのが盛岡の街並みの特徴だと思います。
山の木を使い、街の風景を真似て造る。地元の木を使った街並みづくりというのが盛岡、南部藩の大工さんたちはとても上手だったのだと感じています。真似をするということは未来に残していくことに必ずつながります。その技術の継承こそが、100年後の街を支える。弊社は、全国でも稀な若手職人8名が、プレカットではない「手仕事」を求めて集まっている。
そして、鉈屋町のまちを守り続けるためには、自然災害に対しての強化も考えておくべき必要があると思見ます。
•消防第二分団 分団長: 防災意識の醸成は「地域への愛着」から始まる。子どもたちが「ここに住んでいて良かった」と思える教育や祭りを通じ、次世代の守り手を育てていきたい。
2. 【育む土壌】教育と地域コミュニティ
•大慈寺小学校・岩手大附属小学校 5年生教諭: 人づくりという視点から、「まちは博物館」であり、地域の大人が子どもに声をかけてくれる、お父さんお母さん以外の地域の人達との関わりがある。教育的に理想的な子育ての場。子どもたちは大人のパワーを肌で感じている。地域の人達と出合わせていくことが私たちの役割。総合学習では全学年が地域と関わりをもつことを目標に取り組んでいる。(:大慈寺小学校)
児童たちが自ら企画した家族に向けた発信活動「クイズラリー」を開催する、地域の人の温かさなどまちの魅力を感覚的に理解する子どもたちの鋭い感性により、大人も気づかない街の価値を再発見している。(:付属小学校)
•町家・史料館の住人たち: 南部藩の知恵が詰まった「御蔵(下町史料館)」の管理や、補助金を活用した自宅の改修。不便さはあっても「直して住む」ことを選び、取り壊した蔵の扉をゲストハウスに譲るなど、資源と想いが地域内で循環している。
3. 【商いと創造】経済とこれからの風景
•藍染職人: 7年前から地域で藍染工房を営んでいる。2019年の「街並み修景フォーラム」発表者として参加した際に、地域の方が井戸掃除を行っている事をしり、それ以来自分も「青龍水」の掃除を毎週欠かさず続け、地域の一部となった。現在は町家を改装した新工房の準備中で、独自のクラウドファンディングで応援金を募りながら進めている。自らの染める姿や布を干す風景が、鉈屋町の新しい「日常の風景」となることを目指している。
•老舗酒造「あさ開」:日本酒の最盛期に比べて日本では酒蔵は半分程度に減少し、飲酒量も1/3以下になった。日本酒の魅力を知ってもらうため1990年代から“観光蔵”に方向転換した。現在、ツアーや個人の予約客は年間2万4千人、フリー(予約無し)のお客様を含めると約3万人。ツアー客は滞在時間が限られていて地区内の周遊ができないが、個人客や初めてこられるお客様に、蔵周辺の地域の魅力を従業員がお勧めできると地域貢献できると考える。そのため、従業員たちが自ら地域を調べて発表しながらまちを歩く企画を行った。「まち探訪&交流会」に参加して改めて地域の魅力をしったことも企画のきっかけになっている。
•「石岡呉服店」: 地域の小学校や中学校の制服販売や、祭り用品を主に取り扱っている。「ととと」の宿泊者の外国人も来店するため、外国人向けの商品開発等あたらしいものを打ち出せたらと模索している。
4. 【行政との協働】これからのまちづくり
•盛岡市都市整備部・景観政策課: 国による新たな補助金制度(内部非公開物件も対象)など、保存と活用のための新たな追い風も吹き始めている。盛岡は「歩いてこそ価値がわかる街」。都市計画というのは、何もしなければまちが無くなってしまうなかで、次の一手を打っていく仕事だが、これからは行政主導ではなく、住む人が「どう暮らしたいか」をベースにする時代。今回、このフォーラムの参加者が多いことにまず驚いた。そして、皆さんの共通した思いと考えがあることを感じ、ゲストの皆さんのお話も非常にためになった。市内の他地区より、もうずっと前から先駆けて共通認識でまちづくりを進めてきた活動、このような取組をぜひ続けて欲しいと思う。
•主催者(盛岡まち並み塾): 事業見直しの議論もある中、このまちづくりが必要であると証明し続けるには、市民の皆さんの応援が不可欠。地域に関わる皆さんと共に知恵を出し合いながら、引き続き協働のまちづくりに取組んでいきたいと思いますので今後もよろしくお願いいたします。
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以上「街並み修景フォーラム-“生きた街並み”から育む盛岡アイデンティティ@大慈寺地区-」の開催レポートをお届けしました。
また、フォーラム開催について以下、メディアに掲載いただきました。
★Yahoo!ニュース 2026年2月8日:IBC岩手放送
【歴史的な街並みの保存と活用を考えるシンポジウム 地域住民を中心に多くの人が参加 盛岡市】
★TBC NEWS DIG 2026年2月8(日):IBC岩手放送
【歴史的な街並みの保存と活用を考えるシンポジウム 地域住民を中心に多くの人が参加 盛岡市】
★岩手日報 [19面] 2026年2月11日(水・祝)
【歴史的町家 どう残す 住民ら景観フォーラム】



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